わかる方には説明不要ですがパペポTVは上岡龍太郎と笑福亭鶴瓶の二人だけで事前の打ち合わせなしでフリートークをしている番組です。
上岡龍太郎さんの現役引退の際に番組も終了してしまいました。
当時リアルタイムで北海道で放送していた記憶はあまりないのですが、何度か見てる記憶もあるんですよね。
今はYoutubeなどでも(もちろん非公式にアップロードされたものでしょうけど)視聴することもできます。
今回はそのパペポTVで印象に残っていることをいくつか思い出しながら書いてみようと思います。
本当に再度確かめることなく、一切を思い出しながら書いているため間違っていたらすいません(別の話になるくらい間違っている可能性もありますのでご了承下さい)。
まず鶴瓶さんが落語家の駆け出しのお弟子さんの頃の話が印象に残っています。
舞台の演者さん用の出入り口で靴の整理を任されていた時に、若手の鶴瓶さんに対して、とても横柄な態度の偉そうな男があれこれ文句を言ってきます。
鶴瓶さんは嫌だなと思いながらも我慢して言うことを聞いていたそうです。
というのもその男の人は新聞記者で、落語を観覧した記事や落語家の評論のようなものを書いているため鶴瓶さんの師匠ですら気を使うレベルの人だったからだそうです。
玄関で脱いだ靴を靴箱にしまう役割でここに居続けていたのにも関わらず、鶴瓶さんをまるで自分の弟子かのように命令して、その場を離れて師匠の楽屋へ案内するようにも言われたようです。
玄関にいるように言われたため離れたくなかったのですが、仕方なく鶴瓶さんは師匠の楽屋まで案内したそうです。
師匠の楽屋に入ると、兄弟子や師匠から、おまえそこで何してるんだよ的な目線で見られたり、怒られたりもしたそうです。
お構いなしにその新聞記者は師匠には丁重な挨拶をした上で座席に座ると、この弟子の態度が良くなかったなどと師匠に言います。
そして、確か飲み物持って来いみたいな感じだったと思うのですが、ここでもその新聞記者は鶴瓶さんに命令したのだそうです。
するとそれまで穏やかな口調だった師匠の態度が一変して、「いねや!(方言で、いなくなれ、出て行けというような意味)」と一喝して、帰らせたそうです。
新聞記者はもしかすると、その師匠のことを悪く書くかもしれないですし、長年築き上げてきたメンツが台無しです。
その師匠とも付き合いも長いはずなのに、弟子入りしたばかりの自分の方を守ってくれた、その師匠の言葉に、この人はすごい人だなと思ったり、何やら得体のしれない恐怖も感じたようなとても複雑な気持ちになったと言っていました。
師匠は鶴瓶さんは自分の弟子でおまえの弟子ではないというようなこともその新聞記者に対して言っていたそうです。
だいぶ話がどれだけ忠実に再現できたかはかなり怪しいですが、これが印象に残った話の一つです。
次は上岡龍太郎さんの話で、街で偶然鶴瓶さんを見かけた時の話です。
ある日、混雑した空港の中を歩いていると、前方から偶然、鶴瓶さんが歩いて来るのが見えたそうです。
上岡さんは挨拶しようかなと一瞬思ったようですが、いや待てよ、黙ってちょっと様子を見てみようかと思ったそうです。
というのも、上岡さんは鶴瓶さんが毎回面白いエピソードトークをするけど、そんなに面白い出来事に遭遇することなんてある訳がない、きっと話を大げさにしたり、なかったことも足しているんだろうと思っていたそうです。
なので、このままこっそり観察して、もし何かあったのを目撃した場合に、鶴瓶さんがそれをどう着色して話すのか、見守って、その空港で起きた話をすることがあれば、いや実はその場に僕もいたけど実際はこうでしたよね、なんてことをいえたらいいなというくらいの感じで眺めていたそうです。
すると、鶴瓶さんの前方に一目見て明らかにやばそうな男が歩いているのが見えたそうです。
その男は格好も変だし、いかにもネタにできそうな感じの雰囲気があったそうです。
鶴瓶さんはその男に気が付かずに下を向いて歩いていたそうです。
ところが下を向いたまま歩いている鶴瓶さんが、その変な男の方に、まるで引き寄せられるようにグイーッと寄ってってぶつかりそうになって、はっとなって鶴瓶さんがそこで初めてその男の存在に気が付いたようでした。
それを見て上岡さんは、鶴瓶さんは話を作っているのではなく、そういったおかしなものに引き寄せられる才能があるんだというようなことを褒めて、結論づけていました。
もう一つ、印象に残っているのは、阪神淡路大震災の直後に収録された回での話です。
まず冒頭から正直に面白いことを言う気にはなれないという感じで始まりました。
当時(今もそうだと思いますが)、鶴瓶さんは兵庫県の方に暮らしていたようなので、被害を目の前で見た、その時の話などをされていました。
上岡さんの息子さんの小林聖太郎さん(今は映画監督をされています)が当時学生でボランティアをしているといった話もされていました。
そこから二人の話題の矛先がマスコミへと向かっていきます。
地震報道があまりにもひどいと言った内容で、ものすごく批判されています。
もうテレビは終わったとさえ言っています。
当時で既にテレビは終わっていると言っているのです。
正確には、もう終わっている業界だと思っていたけど、ここまでひどいとは思わなかったというくらい痛烈に批判しています。
その教訓がその後の震災でも生かされていないことからも、マスコミ批判は必要なのではないかと思うようになりました(たまにツイッターでテレビの愚痴をツイートしているのはこの時の影響もあります)。
演者というか芸能人の側の人で、それも大御所二人が、もしかしたら干されるかもしれない可能性もある中で、ここまでマスコミを批判しているというのはすごいなと思ったのを覚えています。
今回、最後に印象に残ったのは、最終回です。
上岡龍太郎さんのテレビ番組出演の最後だったと思いますが自信はないのでわかりません。
普段は二人だけでフリートークをしていますが、最終回ではゲストが出てきます。
まず出てきたのは、こちらも今はテレビには出ていない島田紳助さんです。
紳助さんはどちらかというと上岡さんのために出ているという感じです。
若手の頃の紳助さんを上岡さんの方から興味を持って話しかけてきて、たくさんお世話になったそうです。
冗談っぽく最初は上岡さんはあっちの人かな(オカマを疑うようなしぐさで)と思ってましたよと言っていました。
あと、これは番組とは関係ないですが、二人とも血液型がAB型ですね。
AB型同士は仲が良かったりするのもあながち間違いではないのかもしれません。
話は番組の方に戻りますが、上岡さんは引退したあと、紳助さんが鶴瓶さんとこの番組を続けたらいいんじゃないかと、本当なのか冗談なのかわからないような感じで言っていたのが印象的でした。
紳助さんも鶴瓶さんも、いやーどうかなーみたいな感じで乗り気ではありませんでした。
そこへ今度はさんまさんと間寛平さんと村上ショージさんがやってきました。
そこでは紳助さんとさんまさんの往年の掛け合いが面白かったりもしました。
意外と印象に残っているのは、上岡さんと紳助さんとさんまさんの強烈なしゃべりのうまい三人が話している中で、鶴瓶さんが取り残されたような感じになって、鶴瓶さんと間寛平でまったり話しをしながら、俺らはのんびりしてて気が合うなーみたいなことを言っていたところでしょうか。
さんまさんは昔、笑福亭さんまだったので、どちらかといえば鶴瓶さんにゆかりがありそうな感じでしたが、若手の頃は紳助さんと一緒に上岡さんのラジオに出させてもらったりしてお世話になっていたそうです。
この時の出演者みんなの立ち回りもなかなか見ていてすごいと思います。
なんとなく笑っていいともの最終回のような感じに似たものがあると思います。
あと、余談ですが、上岡さんが引退することになり、さんまのまんまのゲストで出た最後の回も見ています。
既に売れっ子なのは周知のことですが、今に比べればまだ若いさんまさんは、上岡さんのことを面白いというよりは話が上手い系統の人ですから、と褒め言葉のように言っている場面がありますが、おそらく今の、当時の上岡さんくらいかそれ以上になっているさんまさんは、上岡さんの面白さを実感して、あの頃なんてことを言ってしまったんだろうかと後悔しているのではないかと勝手に想像しています。
その時のさんまのまんまでも、流れるような会話ではなくて、一回一回、聞く方も話す方も、精密なトークをぶつけ合うような感じで面白かったと思います。
あと、松本人志さんがラジオで、あくまで人から聞いた話だったか、上岡さんか鶴瓶さんのどちらかから直接聞いた話だったのか忘れてしまいましたが、パペポTVの収録後に二人が大げんかになり殴り合いにまでなったことがあるらしいと聞いたと言っていたのが印象的でした。
以上、長々と思い出しながら書きましたが、やっぱり今では見ることができない面白い番組だったなと思います。
テレビ芸というものの中でも興味深く、何年経ってみても、その面白さの本質は変わらないのではないでしょうか。
視聴率を取るためとか、制作費を安くするためとか、色んなことでがんじがらめになって、つまらない番組が多いですが、この手の後になっても見たくなるような番組が出てきて欲しいなと思いつつ、今回はこの辺までにしたいと思います。
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