ギャンブル依存症には月額課金制のゲームがいい
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26.12.16
いわゆるカジノ法案の議論で、ギャンブル依存症に関する対策ができていないという話はかなり本質からずれている。結構な田舎町でもパチンコ店はあるし、競馬や競輪などの公営ギャンブルはネットでも購入できるようになっていて、ギャンブル依存症が社会的な問題だとすれば既に全国どこでも起きている。
簡単に言えばアホなのか既存のギャンブルの業界の息がかかった政治家が、自分の立場に都合のいいことを言ってるのにすぎない。
逆にいえば、そういう政治家たちがギャンブルの依存症についてきちんと対策することはない。
それにそもそもギャンブル依存症に対して、具体的に何をどんな目的でどのような治療をするのか全く話にも上がっていない。
ギャンブル依存症のどこが問題かといえば、生活に差し支えがあるくらいのお金をつぎ込んでしまうことだろうと思う。
これが数億円あって、毎日負けまくっても誰も生活に困らないのであれば、ギャンブル依存症であってもそこまで問題にはならないだろう。
違法のギャンブルはそれ自体が犯罪なので問題だが、ギャンブル依存症が問題なら法律で制限するなり禁止するしか抜本的な解決にはならないと思う。
それでもギャンブルをやめたいのにやめられなくて困っているということならば、一つおすすめすることがありますが自己責任でお願いします。
それはタイトルにもある通り月額課金制のものにはまればそれ以上お金を使わなくて済むようになります。
タイトルにはゲームと書きましたが、月額課金であれば、今は聞き放題の音楽や見放題の映画やドラマもあります。
あと気をつけたいのは月額課金といってもオプションで別料金が発生したり、それを利用することが前提になっている場合です。
もっと気をつけたいのは基本料金無料というものです。
それがなぜビジネスとして成立しているか考えるようにしましょう。
こういうとギャンブルが好きな人には怒られるかもしれませんが、ギャンブル自体はゲーム性として単純なものが多いです。
早い者やその順番を当てたり、当たり自体が完全に運任せの場合もあります。
それでもはまってしまうのは、当たればお金が増えたり、それ自体が射幸性を煽る音や光で彩られているという、ゲーム性とは少し別の部分ではないでしょうか。
しかしギャンブルが好きということは多かれ少なかれゲーム性を楽しみたいということで、それは駆け引きを楽しみたいというところにも繋がっている方向性のものだと思います。
それならば少し道を外れて、世の中には早い者の順番を当てたり、確率的に抽選し続けて当たりを待つというゲームよりも、とてもシンプルだったり複雑だったり様々なゲーム性が豊かな遊びがたくさんあることにも目を向けてみるのはどうでしょうか。
お金を賭ける事ではなくて、ゲーム性の方を追及してみるということです。
現代では世界中にゲームが溢れています。
たくさんの人を夢中にさせたり、同じゲームをしている人たちが場を共有して一緒にプレイすることもあります。
実際、パチンコ業界の歴史という感じのドキュメンタリー番組を見たことがあるのですが、70年代後半に業界が大きく落ち込んだ時期があります。
それはインベーダーゲームが大流行した時です。
今では信じられないかもしれませんが、インベーダーゲームがパチンコをする人たちをも取り込んでいきました。
その後はパチンコやスロットももちろん進化しましたが、ゲームの方がすさまじいスピードで進化し続けています。
最先端のゲームにまでついていかなくても、自分が楽しめる範囲で面白いと思えるものは探せばいくらでも見つかるのではないでしょうか。
そして、できればインターネットを開設して、オンラインゲームであったり、音楽や映画やドラマが見放題の月額課金制のコンテンツにはまるようになればギャンブル依存から抜け出していけるようになると思うのです。
ゲームによってはゲーム内でのギャンブルもあると思いますが、それでも実際のお金を使わなくて済む分、健全的であるといえます。
そして数ヶ月ギャンブルしない状態が続いていけば、自然とお金も貯まるようになり、賭け事をしなくてもお金が増えていく、あるいは減るのが遅いということに気が付くかと思います。
一応自分なりに具体的なギャンブル依存症の解決について考えてみました。
それだとゲーム依存症になると思われるかもしれませんが、その場合でも月額課金でそれ以上お金がかからないものをおすすめしてみました。
ギャンブル依存は最初の方にも書きましたが、お金が有り余ってる分にはそれほど問題にならないと思いますが、持っているお金とギャンブルにつぎ込むお金(負けるお金といってもいいかもしれませんが)のバランスの破綻の問題だと思われます。
それならばギャンブルがゲームに代わり、ある一定の金額しか減らずに、同等かそれ以上に楽しめるのであれば比較的により良いのではないかと思うのです。
最後までお読み頂きありがとうございます。